行動動機は案外、意外
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


       




九月中盤の、お彼岸も間近い頃合い。
近年“シルバーウィーク”なんて冠されている連休直前ではあったが、
それでもその日は平日で、
しかも昼休みに入ったばかりという、ともすれば最ものどかな時間帯。
しかもしかも、○○区の公民館一階ロビーという、
人出とか公共性とか開放性とか、色んな意味合いから微妙な場所にて。

 「  …この場にいる奴ら全員、床に手をつけて体を伏せなっ!」

突然そんな雄叫びを上げた男がおり。
続けざまに放たれたのが、

  ――― がうんっ、という

意外に重々しかった、ライフル銃による天井への威嚇射撃と来て。
間が悪くも居合わせた人々といや、
外の通りが見通せる大窓沿い、ベンチが数台並んでいた辺りには、
待ち合わせをしていたらしいご婦人方や、
初老の男性が数名とお孫さんか小さい子供が何人か。
利用者への案内のためだろう、
一応設けてあったクロークには職員男性が一人立っていて、
その傍らには2基あるエレベーターの昇降口。
模造大理石の床にすべりつつも慌てて逃げ出したのは、
上の階のどこかへ何か搬入にでも来ていたらしい事務服姿の若い衆で。

 「単独での突入ならば、何とでも捻れたのだがな。」
 「それで居残ったのか? 勘兵衛殿。」

正面のスイングドアから、そちらも大慌てで外へ飛び出した、
ご婦人がたやお孫連れのお爺さんなどを見届けていた五郎兵衛殿も、
そこから…彼らと入れ違いに無理から押し入って来た数名の人影に おっと気づくと、
踏み出しかけていた足を、だがだが思い直しての踏み留めたらしく。
そんな彼の背中側、
そちらはいきなりの乱入射撃手を見据えていた島田警部補もまた、
ぐんっと膝を折っての飛び出しかけた瞬発を、だが、
彼が周囲へと巡らせた視線から、現状の変化に気づき、
ぎりぎりで踏みとどまっており。

 「やはり、仲間もおったらしいな。」

尋常ならざる事態なればこそ、相手だとて幾らかは緊張の頂点にもあろうから、
そんな初動ほど、隙も多いし力みもあっての押さえ込みやすくもあるのだが。
他にも手勢があっての手配りがなされていたとあっては話は別。
一気に此奴のみを畳まんと飛び掛かったとて、
他の仲間が支援にと殺到して来るだけのこと。
しかもその中に手慣れていない者がいたならば、
緊張していて侭ならぬ手が、弾みで引き金を引いて発砲してしまうという、
最悪の事態を招きかねないとの連動連想をザッと引っ張り出せていたところが、
さすがは現場経験の長い警部補殿で。
咄嗟でもそんな蓄積が出て来るらしく、
しかも、そのせいでの虜囚となっても、
どこかあっけらかんとしている気の大きさよ。

 「まま、居残ってしまった理由の半分ほどは、
  呆気にとられたからでもあるのだが。」
 「……わざわざ言うな、みっともない。」

やはりその場に立ったままだった榊せんせえが、
人を反射の鈍くなった随分な年寄りのように言うなと、
こめかみにお怒りマークを浮かばせそうな勢いで、それでもこそりと言い返す。

  だって、こんな場所で何でまたと、
  どちら様にも、それが一番の不審だったには違いなくって。

くどいようだが、ここは単なる公民館で、
政府の要人だの著名な資産家だのを招いての講演とかいう、
特別な会合の予定があった訳ではない。
はたまた、
高価な絵画や文化遺産的価値のある骨董品を展示してとかいう、
警備の要りそうな催しも当分は予定されてもなく。
よって、金銭強奪目的の強盗ならば、得られるものが無さ過ぎる。
立地条件も、さほど引っ込んでるということもない判りやすい角地にあって、
別の襲撃への橋頭堡…足場として確保したというには目立ち過ぎ、
また、大きな銀行だの官公庁関連の施設だの、
大きく譲ってテレビ局だのが近隣にある訳でもないから、
何かしらを世間へ訴えたいとする、思想や政治色の強い犯行だとも思えない。

 “となると、最初から籠城が目的だったのだろか。”

こうまで開放的な場所でも、
自分たち以外に逃げ遅れての居残った顔触れが居はしたのでと、
そんな彼らがロビーの中央へと集められている現状を見るに。
不特定多数の人質をとり、
警察との交渉で何かを得たいという犯行しか残らないものの。

 “こんな開けたロビーで やらかすもんだろうか。”

確かに、犯罪発生率が高いのでと警戒も厳しい金融関係とは違い、
ここは警備が薄い場所ではあるが、
確実に人質を取りたいなら、
せめて どこかの階の会議室など、閉鎖された所へ乱入するべきではなかろうか。
外からも数人でなだれ込んだとはいえ、
出て行こうとする人々を押し戻すような強引さはなかったのも意外で、
結果、居残った顔触れは、彼ら3人とそれから、
足がお悪いか、杖をお持ちの小心そうな初老のご婦人と、
携帯で電話中だったらしい営業マン風の男性二人に、
あとは、クロークに詰めていた此処の職員と、
メンテナンス会社の人だろか、
使い込まれた三角巾で髪をおおった、作業服姿のおばさまがお一人。
居心地が悪そうに落ち着けないのは皆同じだが、
挑発的に相手を睨む男性がおれば、
今にも倒れそうなほど緊張しきりのご婦人もあり。

 「いいか、大人しくしていれば何も危害は加えない。
  それと、携帯電話を持ってる者は出せ。」

それらしい物言いをしたのは、最初にライフルを撃って見せた男で、
後から合流した残りの面々は、
サンブラスと不織布マスクを使って顔を隠しているのに対し、
彼だけはサングラスをかけているだけ。
なので、さほど年を食ってはないというのもよく判り、
手際よく指示を出すのへ、
後の顔触れがおどおどと上着から布袋を取り出したり、
ドキドキしつつ外回りに眸を配ったりと、
従う側なのが見え見えな態度をとっているのが、いっそ微笑ましいくらい。
そこへと気がついたのだろう、兵庫殿が細い眉を寄せつつ、

 《 もしかして、地元所轄の防犯演習とかでは?》
 《 いや、そんな予定があるとは訊いとらん。》

そういうことは所轄署の判断でも行われ、
交通規制もするほどの大掛かりなそれでない限り、
いちいち警視庁にまで報告はない場合も多いし、
ましてや捜査一課の勘兵衛の管轄じゃあないのだけれど。
今日は客人の補佐という立場での出向とあって、
簡単にここいらの所轄の予定へも下調べくらいはしてあったそうで。

 《 で? 刑事だと名乗るつもりは?》
 《 判っておろうが、そんなことをしても。》

まあな。
出来なかないのに、掴み掛かって引っ捕らえるのを控えたくらいだ。
ここで余計なことをして、のちのち使える手立てまで封じられてもなと、
そこは五郎兵衛だけでなく、兵庫にもすぐさまの理解は立ったらしかったが、

 《 そういうお主らまで、付き合いよく居残らずとも。》

勘兵衛の場合、呆気にとられたという冗談はともかく、
場慣れした者が居残った方がよかれと思っての踏みとどまりなのだが。
あとの二人まで気後れしたとも思えない。

 《 水臭いの。
  機転や知計では劣るやも知れぬが、
  力と粘りでは加勢ができると思うたに。》

にかりと微笑った甘味処の主人に続き、

 《 俺こそは、此処への関係者だから逃げ出す訳にも行かぬしな。》

それに、医者もいた方が都合がよかろうと、
兵庫も告げたこれらの会話は、
座り込まされた床へ指先で打ったモールス信号での代物であり。
南北両軍、基本通信用のは同じ形式だったのを、
こんな格好で有り難がる日が来ようとは。
(こらこら)
前世の縁の話はともかくとして、

 《 縛り上げられないのは、必要もないと思われたかな?》
 《 ガムテープくらい、不審がられずに持ち歩けようにな。》

ロビーの中央へと集められた8人ほどくらい、
視線と威圧で何とでもなるという腹らしく。
手に手に銃らしきものを持った犯人一味は、
後から乗り込んで来たのが4人だったので計5人。
時折、人質を睨むように見下ろす以外、
恫喝や暴行の素振りは欠片ほども見られない。
そんな騒ぎを起こすと思わぬ隙が出来ると判っているからか、
そして、時々 人質から目を離し、
遠目に外を眺めやるのは落ち着きからか。

 “確かに、がっちがちの密室でなくともいいという着眼は悪くはないが。”

こういう籠城での人質は、最悪一人でも構わない。
こんな格好での急襲で居残った顔触れだから、
非力だったり足元が不如意だったりという面々なのも打ってつけ。

 “営業マン風のお二人は、先輩後輩らしいから。”

お互いへの遠慮もあっての呼吸が合わせにくくての それで、
却って動きが取れないらしいと見受けられ、
よって、彼らは微妙に例外だけれども。
一般市民で非力で、しかも小人数であればあるほどに、
犯人としては監視や拘束に手間も要らなくなる訳で。
四方八方を見回せるだけの手勢でかかるなら、
見通しのいい場所というのは、
警察からの監視下にさらされる緊張感はあるものの、
動きが素通しな立場のは似たようなものなので。
一斉突入による一網打尽も、

 《 その出足が判って、むしろ勝手はいいかも知れぬ…?》
 《 いやいや、粘られたら間違いなく警察の方が有利ぞ?》

一度に指2、3本を駆使してという特殊なモールスゆえに、
1文字1打という効率の悪さじゃないことから、
俯き気味でいることへも怪しまれてはないものの。

 “貧乏揺すりの気があるとの誤解は避けられぬな。”

どういう心配でしょうか、勘兵衛様。
(う〜ん)
この状況がさすがに関係筋へも伝わってはいるようで、
外の通りの交通も止められたのか、
ただただ沈黙ばかりが垂れ込めるロビー内には、
いつの間にか、相当に遠くの車の行き来の音くらいしか届かない。
あっけらかんと無人も同然、
残夏の陽射しは、そろそろ秋の色合いを映しつつあるものか、
オレンジがかった乾いた感触なのが、
観葉植物の葉に弾けたハレーションから察せられ。

 “ロビーにテレビでもあれば、我らにも外の状況が判るのだが。”

病院の待ち合いや銀行のロビーではないので、そういう代物は一切なくて。
警察の動きや何やかや、一向に判らないままなのが、
どれほど我慢をすればいいのかの目串が立てられずで、強いて言えば少々窮屈。
一味の面々が、時折、自分の携帯を見やっているのは、
ワンセグにてニュースを確認してのことかも知れず、

 《 事件発生自体はニュースになってもおろうしな。》
 《 人質の身元確認が済めば、色々と報道管制もなされようがな。》

刑事が含まれているというのは、バツが悪いから伏せられるかも知れぬ。
おいおいそういう問題か、と。
相変わらず、微妙に危機感の薄い感覚でおいでの3人だったが、
都会の真ん中では奇跡的なほど、ずんと静まり返った場だったところへと。
受付クロークのカウンターからの、
軽やかな電話の呼び出し音が突然鳴り響いた。
そこに詰めていた職員が肩を揺らしたのは、思わず反射が働いたからか。
当然、彼が出る訳にもいかずの、
ライフルを肩にかつぐ格好になっていた、サングラスの主犯の男が、
にんまりと不敵に笑いつつ、
悠然と歩み寄っての平たいデザインの受話器を手にする。
その折、ちらと顔を上げたのは、
正面ドアを向いた監視カメラに気づいたからだろうが。
忌々しいと打ち壊すでもなく、そのまま ふいっと視線を戻すと、

 「……ああ、俺が首謀者だ。」

割と静かな声にて応対を始めた模様。
サングラスのみというほぼ素顔をさらしている風貌から想定したように、
やはりあまり年嵩でもないようで。
とはいえ、随分と落ち着いてもおり、
カメラで撮られている映像は間違いなく警察の手元へまで届いてもいように、
そんな監視への恐れもないまま、まったく動じない顔でおいで。
あんな若いのがこういうことへと場慣れするほど、
日本は物騒なお国柄になったのかねぇと、
肩をすくめかかった五郎兵衛だったが、

 「?」

強いて言えば、

 “ …どうかしたか、勘兵衛殿。”

これはいちいち指先で打たずとも、
おやという怪訝そうな物問う視線をそのまま相手へ向けただけ。
というのが、
犯人の動向をさりげなくも隈なく観察していた警部補殿が、
やはり電話に出た男の動作を見守っていたその途中、

 「………。」

何かしらの呪詛でも受けたかのように、
視線をとある位置から動かさなくなったからで。
精悍なお顔から表情まで失っての、固まっていた彼だったが、

 《 ……もしかせずとも、
  この事態だけはニュースで扱われておるだろうな。》

 《 ? ああ、そのように思いはするが?》

応じてから、だが、遅ればせながら、
五郎兵衛もそして、兵庫もまた、はっとしたのが、

  ―― しまった、あの娘らも知ってしまったやも知れぬ。

今日は確か、授業こそ短縮ではないものの
部活もなくての早あがりだと言っていた。
そこへ、何なら差し入れでも作るかの?なんて五郎兵衛が水を向けたのへ、
昼休みに平八から、午後の厨房をお借りしますとメールがあって…。

 《 この状態が始まってどのくらい経つ?》
 《 少なくとも2時間近くは。》

  午後の授業は1時限のみ、もう放課後に入っとるぞ。
  落ち着け、帰宅の支度やクラスメートとの挨拶や愛想で、
  八百萬屋に向かうまでに小1時間はかかるし、
  そうそうテレビばかりを観る子たちでもないから まだ気づかれては…。

それまではじっと我慢のそりゃあ落ち着いてらした3人ほどが、
何故だか同時にそわそわしだして。

 「?」

一味の監視役までが怪訝に感じて眸を止めたほど。
そうまでの急な豹変示して、
いきなり緊迫感が増した理由が…それですか、保護者様たち。
(苦笑)





BACK/ NEXT



戻る